ほんのひとさじ

日々の雑記

愛情や友情と金

お金がある方から無い方へ流れるのは、自然の摂理に近い原則や原理なのではないかと思う。

お金があればそれを使って何らかの価値を得ることはできる。
無ければないなりに工夫して過ごすこともできる。

「金の切れ目が縁の切れ目」だというなら、その関係はお金だけだったということではないのかな。

会社対会社のビジネスなら、会社を存続させ、従業員へ給与を支払うために、特に金銭面では厳しく接していくだろう。

何故それが友人や恋愛関係になると、「金の亡者」だの「愛情は金ではない」と言うのだろうか。
それは相手が『「お金」が最も価値のあるもの』という価値観を持っていただけのことだ。
相手は自分ではない。

友人や恋人、あるいは配偶者やパートナーと価値観が合わなかった、違っていたことを、相手を非難して自分の正当さをはかる "ものさし" にして、自分が正しいと他人に言わせて嬉しい?

これまで費やしたお金に価値があったかどうか、その答えは自分の心にある。

そのうえで、今後も同じことにお金を使うかどうかを決めるのは、自分自身だ。