ほんのひとさじ

日々の雑記

病気発覚までの主な症状と経過

病気のことを数回にわけて書きます。

まず、病気発覚までのこと。

 

1.出産後、生理が再開しない


子が1歳半過ぎころ、就寝前だけだった授乳を完全に止めた。
私は育休後職場復帰し、子は既に保育園へ通っており、たまたま疲れたのか授乳なしで寝てしまった日が3日ほど続いた。「今だ!」と思い、授乳を止めた。
母乳マッサージで断乳処置してもらったものの「よく出るわねぇ」と助産師さんに言われた。

今から思えば、これも甲状腺機能低下症の症状のひとつだったようだ。
甲状腺ホルモンが分泌されない場合、甲状腺刺激ホルモンが多く分泌されるようになる。
これが、母乳の分泌を促すプロラクチンの量も増やす。
断乳し、子が母乳を欲しがらなくて必要がないのに、何もしなくてもにじむほど分泌されていた。

目安といわれる「断乳後半年」の時期を過ぎても、生理が再開する兆候は全くなかった。
当時は必死で毎日を過ごしていたこともあり、「生理がなくて楽」と思っていた。

ただ、婦人系の病気の怖さは知っていたので、断乳後半年をさらに数ヶ月過ぎたころ、産婦人科で相談し、ホルモン剤を処方してもらった。
処方されたホルモン剤を服用すれば、生理が再開するといわれたが、懐かしい生理前の各種症状はあったものの、肝心の生理は来なかった。

次の妊娠の予定がなかったこともあり、産婦人科の先生に「おかしいわね。様子を見ましょう」と言われ、そのまままた半年ほどが過ぎた。

 

2.健康診断で異常

血液検査で肝機能(GOT, GPT, γGTP)の値が増え、基準値を大幅に超えた。
コレステロール値もLDLの値が急激に増加した。ただし、中性脂肪の値は基準値内だった。
以前よりコレステロール値は比較的高めで、HDLの値も高かった。
職場復帰2年目で肝機能の値も異常となったため、産業医より指示された肝臓のエコー検査を
行ったが、全く異常なしといわれた。

心電図は徐脈の要経過観察から、要再検査となった。
もともと、過去のスポーツ経験により徐脈傾向があり、気にならなかった。

産後一旦減少した体重も妊娠前より増えてしまった。
私はどちらかといえば太りにくく痩せ型で、この病気の進行とともに出るといわれる体重増加はそれほどなかった。
3.イライラ、抑うつの制御ができない
このころ他に担当がおらず、担当者が私ひとりの業務に従事していた。
「子の病気対応などで毎日確実に出社できるとは限りません」と会社へ申し入れしているにも関わらず、だ。
それらのプレッシャーや、仕事相手とうまくいかないストレスもあった。
イライラもそれが原因だと思い込んでいた。
過去にうつ状態となった経験から、また、子をこれから長期間育て、今後も自分が仕事を続けるために、うつ病と診断されては自分にも子にも不利だと思った。
とにかく、眠れるときは眠り、横になれるときは寝て、自分が楽しいと思えることは思いっきり楽しんだ。
病気の進行とともに、体力も落ちてゆき、ほぼ唯一できることが平日のランチとなった。
夕食をつくる気力のない日は外食した。外食費がかさんだ。
それでも、抑うつ症状はひどくなるばかりだった。
親の私がこんな状態で、子に影響が出るのが怖かった。
当時、実家とは折り合いが悪く、子を一時的に施設へ預けようか悩んだ。
4. 尋常ではない冷え性、寒がり
秋以降の寒さが身にしみるようになった。身体が発熱していないかのような寒さだった。
冬用の下着を上下とも重ね着して出かけた。
身体が冷え切って湯たんぽやカイロを使っても寝つきが悪く、眠りは浅くなった。
就寝時も冬用の下着を重ね着し、リビングの床暖房をつけてそこに布団を敷き、寝るようにした。
身体を暖かくするといわれる食べ物や飲み物を口にしても、変化はなく、寒がりは悪化していった。
あまり褒められたものではないが、あまりに寒くてランチに赤ワインを1杯飲んだこともあった。
胃腸の具合もあまりよくなく、市販薬ではなく、かかりつけ内科で整腸剤を処方してもらっていた。
自身の年齢からまだ早いが更年期症状とも考え、女性の悩みには効果抜群と定評のある「命の母」も服用していた。
 
5.体力・気力の低下
平日決まった時間に会社へ行き、仕事をして帰ってくるだけで、それ以外は何もできない、する気がない状態となった。
走ることもできず、階段や多少のアップダウンで息が切れた。
必要最低限の行動のみとし、その後産婦人科で紹介状をいただき、病状が改善するまで、平日夜はもちろん、休日はほぼ一日中寝たきり状態で過ごした。
何か新しいことをする気も全くなくなった。
入浴も2日に1度となり、身につけるものも着ていればよく、何も気にしなくなった。
内勤を言い訳に、化粧もしなくなった。
仲の良い同僚から「女を捨てている」と言われても全く気にならなかった。
とにかく日々どうにか過ごすことで精一杯だった。
朝、どうにか起きて、空の写真を撮ることを日課にしていた。
気力だけで生きて過ごしていた。
それでも、これは加齢やストレスによる症状だと思っていた。